今回で6度目の登場!もはや本ブログに欠かせない存在となったHさん

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2019年がスタートし、はや2ヶ月めに突入している訳ですが、筆者が週3回訪れている、都内某所のグループホームに在籍される「Y・H」さんは、相も変わらずお元気に過ごされています。

ただ、最近本人が少し落ち込む出来事があり、それ以降の言動に些か心配していたのですが、やはりこの方は只者ではなかった…という話を、今日もしてみたいと思います。

レトロな話になると、Y・Hさんのとてつもない人脈が飛び出します!

Y・Hさんのご生家は、岐阜県養老郡という町だそうです。お母さまは愛知の方で、お父様が京都の方なのだとか…

戦後まもない頃のこと、Y・Hさんはお父様の実家(京都)にいらっしゃる”祖母”に呼ばれたそうなんです。何でも、京都の祖母のお家は有名な「八坂神社」の近くにあったそうな…

で、その祖母のお家にお呼ばれし、しばらくの間ご厄介になっていた時の話だそうなのですが、何故かその時ご近所の”マキノさん”という方のお家に招待され、お泊りになられたそうなんです。祖母とマキノさんの家はご近所で、ご近所同士でそういった付き合い(交流)もあったのかもしれません。

Y・Hさんが私に尋ねてきました。
「私、その時どなたの部屋に泊まったと思われますか?」

私:「いや~さすがにそれはわかりませんよ」

するとY・Hさんはニコニコしながら…「轟夕起子(とどろき ゆきこ)」さんのお部屋なんですよ!と一言…

(※資料元:Wikipedia⇒轟 夕起子

何でも昔、原節子さんや高島秀子さん同様に有名な女優さんだったようです。
すみません…私(筆者)まだ生まれてません!(笑)

Y・Hさんは轟夕起子さんの本名「西山都留子」という名前まで覚えていらっしゃいました。
轟夕起子さんのご主人が、超有名な映画監督「マキノ雅弘」という方だったらしいのですが、残念ながらその方も私はご存知ではありませんでした。(後でググって知りました)

Y・Hさんのお話だと、夕起子さんを訪ねて色んな女優さんたちが自宅に来られたようなんですね。それこそ前出の「原節子」さんだとか「月丘千秋」さんだとか…おみかけしたそうなんです。それだけでも豪華絢爛、凄い話です(笑)

あ、ちなみに月丘千秋さんというのは、お姉さんが「月丘夢路」さんという女優さんで姉妹で女優だったみたいですね。月丘夢路さんと轟夕起子さんは共に元タカラジェンヌの先輩・後輩という関係でした。

Y・Hさんのお話では、戦後の何もない、大衆が飢えに苦しんでいた時代に、夕起子さんのお母様が豪勢なサンドウィッチを作って振るまってくれたそうです。
物も何もない時代でも、芸能一家の生活は、それはそれは華やかだったのを今でも覚えていると熱く語られていらっしゃいました。

「マキノ正幸」氏を”マーくん”と呼べる素人はY・Hさんだけです!

轟夕起子さんの御子息に「マキノ正幸」さんという方がいました。Y・Hさんはこの正幸さんの事もよくご存知で…

(※資料元:Wikipedia⇒マキノ 正幸)

「いや~マーくんは、それはそれはヤンチャな子でしたよぉ~」と、何かを思い出されたのか、ケタケタ笑いながら筆者に話してくださいました。

ちなみに、筆者も少し気になったので、この「マキノ正幸」という方をネットでググって調べてみました。すると…な、な、ナント!

あの全国的にも有名な「沖縄アクターズスクール」の創設者であり、現代表でもある著名人ではありませんか!
沖縄アクターズスクールと言えば、かの有名な”安室奈美恵”や”DA PUMP”、それに”SPEED”とか”山田優”…などなど、錚々たる芸能人を輩出しているところです。

そんな凄い方を”マーくん”などと気安く呼べる素人さんは、たぶんY・Hさんをおいて他にはいないのではないでしょうか!?(笑)

ちなみに、「マキノ正幸氏」と俳優の「津川雅彦氏」は姻戚関係にあります。

マキノ正幸氏の祖父「マキノ省三氏」の四女・マキノ智子の長男が「長門裕之氏」であり、次男が「津川雅彦氏」…つまりは”従兄弟関係”ということになりますか。

戦後の混乱期とは言え、大女優の家に泊まれるなんて尋常じゃない!?

それにしても、Y・Hさんの人脈というか、過去が半端なく凄すぎる!(笑)

人間国宝・芹沢けい介氏の娘さんと同級生だった話、

ノーベル文学賞作家の大江健三郎氏の実兄と職場で同僚だった話…

そして今回は「昭和の大女優・轟 夕起子」さんの家の部屋に泊まったり…

まぁ~Y・Hさん、もともと裕福なご家庭の方だったのではないかと思います。

岐阜県養老郡の生家は、いわゆる「屋敷」みたいだったようで敷地面積も”千坪”!あったらしいですから…(笑)

祖父は会社経営者だったようですし、父もその後継者として活躍されたようです。

それでも戦後の貧しい時代、電車に乗るも車内には乗客が腰かける椅子などまったくなくて、牛や馬など動物を運ぶ貨車に人が立ったまま乗車して移動していたんだと、お話してくださいました。

Y・Hさんの過去…探れば探るほど、今後も色々なお話が出てきそうで何だかワクワクします。

どうかこれからもお元気で、もっと筆者が驚くようなお話をたくさん聞かせて欲しいと切に願っている今日この頃です。

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